スケボーを「やめる」って、どういうことなんだろう

スケボーを「やめる」って、どういうことなんだろう

たまに聞くんだよね。「スケボーやめたんだよね」って。長年続けてきて、仲間とワイワイやって、あんなに楽しんでたのに。だから正直ずっと思ってる。やめる必要、なくない?って。

別に毎日滑らなくたっていいし、週1でもいいし、月1でも全然いい。なんなら半年に1回でもいいじゃん。「やめる」って何なんだろう。

やめる=終わり、じゃなくていい

そこに友達がいて、そこにスケボーがあって、それがライフスタイルでいいと思うんだよね。仕事終わりにちょっと集まって滑ったり、週末にみんなでどこかに行って、スケボーして、笑って、帰りにラーメン食ったり酒飲んだり。

別にプロを目指せって言ってるわけじゃないし、結果を出さなきゃいけないわけでもない。それなのに「やめる」って言葉だけが、やけに重く聞こえる。

友達をやめるってことなのかな

友達をやめるってことなのかな。それとも新しい夢や目標ができたから?家族や仲間のためにスケボーをやめるってこと?でもさ、やめるって言わなくてもよくない?って思うんだ。

どうせまた、ふとしたきっかけで戻ってくることも多いし、「復活しました」って言って、また一緒に滑ったりする。「やめた」って言うことが、かっこいいのかな。正直よくわからない。

ライフスタイルとしてのスケート

それよりも、時間のあるときに仲間と集まって、楽しく滑って、転んで、笑って、そんなスケートライフを続けてるほうが、よっぽどかっこいいと思う。

1人で家でNetflixを見るのもいい。でも、たまには外に出て、仲間と一緒に体を動かして、汗かいて、笑い合う時間があってもいい。これはスケボーに限らず、どんなスポーツでも同じで、「やめる」必要なんて本当はどこにもない。

スケートが教えてくれること

スケートって、めちゃくちゃかっこいいじゃん。ライフスタイルでもあるし、ファッションでもあるし、生き方そのものだったりする。人生として学べることも本当に多い。転んで、悔しくて、それでもまた立ち上がって、続けること。そういう経験が自然と身についていく。

音楽やアートとも近くて、カルチャーとしてもすごく豊かだし、こんなに自由で、こんなにかっこよくて、こんなに楽しいことを、わざわざ「やめる」って言葉で区切らなくてもいいんじゃないかなって思う。

いつでも、また始めればいい

子どもが生まれたら、また一緒に始めるかもしれない。何年後かに、どこかのパークで偶然会うかもしれない。そのとき、また自然に滑り出せばいい。

今はスケートパークも増えてきて、場所も環境も前よりずっといい。上手いとか下手とか関係ない。年齢も立場も関係ない。みんなで笑えたら、それでいい。

体を動かすって健康的だし、仕事のストレスをスケボーにぶつけたっていい。スケボーは競技でもあるけど、それ以上にライフスタイルだと思ってる。

RESUNCEとして伝えたいこと

RESUNCEは、スケボーを「続ける人」も、「少し離れる人」も、「また戻ってくる人」も、全部ひっくるめて肯定したいと思ってます。やめる・やめないじゃなくて、自分のペースで、自分の人生の中にスケートがあること。それが一番大事。

だからさ、肩の力抜いていこう。みんなで、楽しいスケートライフを送ろう。

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