なぜGrafferを作ったのか。地元とスケート、25年越しの話

なぜ「Graffer(グラファー)」を作ったのか

生まれ育った場所、土浦とつくばの間で

Grafferは、茨城の土浦とつくばのちょうど間にある場所にあります。ここは俺の地元で、実家からも車で10分くらい。子どもの頃から慣れ親しんだ、俺にとって特別なエリアです。

10代から20歳くらいまで、俺はこの辺りでスケートボードをしながら仲間と過ごしてきました。学校が終われば集まって、滑って、語って、また滑る。

今思えば、あの時間があったから今の自分がある。Grafferのあるこの場所は、俺のスケートの原点であり、青春そのものです。

Grafferができる前、駅前で滑っていた日々

Grafferは、4か月前に俺が作った場所です。それまでは、決まった居場所があるわけじゃなく、駅前や街のちょっとしたスポットでスケートして遊んでいました。

注意されたり、怒られたりしながらも、それでも滑りたくて集まっていた。あの時間があったからこそ、スケートボードの自由さや、カルチャーの強さも身をもって感じてきました。

でも同時に、「堂々と滑れる場所が地元にあったらいいのに」そんな想いも、ずっと心のどこかにありました。

地元を離れ、東京で歩んだ25年

20歳前後で地元を離れ、東京に出てRESUNCE(レサンス)を始めました。そこから25年。気づけば45歳です。

東京で仕事をして、ブランドを作り、いろいろな経験をしてきましたが、地元に帰るのは年に1回、多くても2回。

仲間とも少しずつ会えなくなり、距離ができていきました。

同時に、地元のスケートカルチャーも、少しずつ静かになっていくのを感じていました。

Scene(シーン)という存在

地元には、昔Scene(シーン)というスケートショップがありました。そこで俺は、草刈さんに本当にお世話になりました。

スケートのことだけじゃなく、カルチャーとの向き合い方や、人としてどうあるか。

たくさんのことをSceneで学ばせてもらいました。

ただ、時代の流れの中で、Sceneはコロナ前に閉店することになります。

それは、地元のスケートシーンが一段落した瞬間でもありました。

DIYパークから始まった、もう一度の動き

そんな中、先輩のミスさんがやっている車屋さんがきっかけになります。

その車屋さんで働く人たちの子どもたちが、スケートボードを始めたんです。

「みんなで遊べる場所があったらいいよね」

そんな会話から、車屋さんの空いている土地を使って、みんなでDIYのスケートパークを作り始めました。

屋外のパークでしたが、少しずつ形になり、人が集まり、笑顔が生まれていきました。

スケートボードには、人をつなぐ力がある。改めてそう感じました。

転機と、一本の連絡

ただ、DIYパークの運営は簡単ではありません。管理する人も増えず、悩んでいた中で、車屋さんが移転することになり、その場所が空いてしまうことになります。

「この場所、誰か引き継げる人いないかな」

その話が、昔Sceneで働いていて、現在Grafferの店長でもある松崎の耳に入り、俺のところに連絡が来ました。

軽い一言が、本気の覚悟に変わった

最初は、「ショップでも併設したらいいんじゃない?」くらいの軽い話でした。

でも話を聞いていくうちに、これは中途半端にやる話じゃないと思うようになりました。

駅前で滑っていた頃から知っている地元。

Sceneがあって、仲間がいて、カルチャーがあった場所。

ここでやるなら、ちゃんと意味のあることをやりたい。

そう思い、Grafferを立ち上げることを決意しました。

本気で作った、最高の室内スケートパーク

補助金や銀行からの融資も使い、「どうせやるなら本物を作ろう」と腹をくくりました。正直、お金はめちゃくちゃかかりました(笑)。

室内パークにして、防音もしっかり。

夏は涼しく、冬は暖かい。

初心者が01から始められる、ストリート中心のコース。

駅前で怒られながら滑っていた子たちが、今は堂々とスケートできる場所を作りたかったんです。

ショップ、仕事、そして未来へ

Grafferにはスケートショップも併設しています。

自社商品を扱う直営店にすることで、中間マージンをなくし、良いものを適正な価格で地元に届けられる。

仲間に仕事が生まれ、地域ともつながっていく。

カルチャーだけじゃなく、ちゃんと社会とつながる場所にしたいと思いました。

経験を、次の世代へ

俺自身、現在は恵比寿のバンタンで講師もしています。

RESUNCEをやりながら、25年以上スケートとカルチャーの現場に関わってきました。

失敗も、遠回りも、たくさんしてきた。

だからこそ、その経験を若い世代に共有できる場所を作りたかった。

Grafferは、滑るだけの場所じゃなく、学べる場所でもあります。

仲間が、また集まり始めた

Grafferを作ったことで、地元に帰る理由ができました。

すると、昔一緒に駅前で滑っていた仲間たちが、また自然と集まり始めたんです。

時間は経っても、カルチャーはちゃんと残っていました。

スケートカルチャーを、地元に根付かせる

「スケボーまだやってんの?」じゃなく、

「スケートボードって、やっぱクールだよね」と言われる文化を。

スケートボードは、本当にかっこいい。

そのかっこよさを、地元からちゃんと発信していきたいと思っています。

スケートだけじゃない、カルチャーの交差点

Grafferには、スケートパーク内にギャラリースペースもあります。

スケート以外のカルチャーともつながれる場所。

近所のおじいちゃんの絵、夢を持つ中学生や高校生の作品、写真やアート。

いろんな表現が交わる場所にしていきたいと思っています。

Grafferという名前に込めた意味

Grafferには、「みんなで描いていこう」という意味を込めました。

ロゴの「FF」は手をつないでいるイメージ。

「G」は未来やモチベーションが上に向かう矢印。

一人じゃなく、みんなで作り、みんなで育てる場所。

それがGrafferです。

最後に

オープンしてまだ4か月。

でも少しずつ、確実に浸透してきています。

ここを、居心地がよくて、学びがあって、成長できる場所にしていきたい。

ぜひ、気軽に遊びに来てください。

一緒にGrafferを描いていきましょう。

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